湯築城 (ゆづきじょう)
道後温泉のすぐ隣(道後公園)に位置し、中世伊予の守護大名・河野氏の約250年にわたる本拠地。二重の濠と土塁が良好に残り、中世の姿をとどめる貴重な遺跡です。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | なし(中世平山城・土塁と濠主体の構造) |
|---|---|
| 築城年 | 14世紀前半(建武年間頃) |
| 初代城主 | 河野通盛 |
| 有名城主 | 河野通直 |
| 最終城主 | 福島正則 |
| お城の役割 | 伊予国守護・河野氏の政治・軍事拠点 |
| 廃城の経緯・時期 | 1587年、福島正則の国分山城移転に伴い廃城 |
| 城域規模 | 直径約350メートルのほぼ円形の丘陵と周囲の平地からなる平山城 |
歴史解説・深掘り
湯築城は14世紀前半、伊予守護・河野氏によって築かれました。天正13年(1585年)、豊臣秀吉による四国征伐の際、小早川隆景ら約3万の豊臣軍に包囲されます。河野通直は兵や領民の命を救うため、隆景の降伏勧告に応じて約1ヶ月の籠城ののち無血開城。鎌倉時代から続いた名門・河野氏は滅亡しましたが、隆景は通直の慈悲深さに感銘を受け、のちに彼を自身の本拠地・竹原に招いて手厚く保護しました。