米沢城 (よねざわじょう)
上杉謙信公を祀る聖地。本丸水堀に架かる舞鶴橋と上杉神社境内
画像出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA / 作者: Wikimedia Commons Contributor)
「米沢城」(別名・舞鶴城 / 山形県米沢市)は、独眼竜・伊達政宗の誕生地であり、のちに上杉景勝公・直江兼続公をはじめとする上杉家300年の居城となった歴史的名城(続日本100名城・第114番)です。現在は「上杉神社」として市民や全国の歴史ファンに親しまれています。本丸を深く包み込む水堀と高い土塁が現存し、軍神・上杉謙信公の「毘」「龍」の軍旗がなびきます。関ヶ原の戦い後に15万石に減封されながらも家臣を守り抜いた上杉家の「義」の精神と、名君・上杉鷹山公による奇跡の財政再建の歴史が息づく武士道の聖地です。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | 近世を通じて天守は造営されず、本丸の乾櫓と巽櫓が天守の代用とされた。 |
|---|---|
| 築城年 | 1238年(仁治〜宝治年間頃) |
| 初代城主 | 長井時広(鎌倉時代) |
| 有名城主 | 伊達政宗、上杉景勝、直江兼続、上杉鷹山 |
| 最終城主 | 上杉茂憲(明治の廃城により神社へ) |
| お城の役割 | 伊達氏の重要拠点、のちに米沢藩上杉家15万石(一時30万石)の本拠地 |
| 廃城の経緯・時期 | 1871年の廃城令により建造物解体。本丸跡は上杉神社として保存。 |
| 城域規模 | 本丸・二の丸・三の丸を同心円状に配置した輪郭式平城 |
歴史解説・深掘り
米沢城は伊達政宗の誕生地であり、のちに上杉景勝・直江兼続ら上杉家の居城となりました。会津120万石から米沢15万石に減封されながらも、家臣を一人も解雇せず受け入れた「義」の精神が現代に語り継がれています。