山中城 (やまなかじょう)
北条流築城術の傑作。美しい格子模様の障子堀(ワッフル堀)と富士山を望む山中城跡
画像出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA / 作者: Wikimedia Commons Contributor)
「山中城」(静岡県三島市)は、標高580mの箱根西麓にそびえる北条流築城術の最高峰と称される山城(国の史跡)です。石垣を一切使わず、土の彫り込みと盛土のみで構築された「土の城」として日本100名城に指定されています。最大の特徴は、堀の底に格子状の壁を残して敵の足場を奪う「障子堀(しょうじぼり)」や「畝堀(うねぼり)」で、その美しさから「ワッフル堀」とも称されます。天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐では、豊臣秀次ら7万の大軍に対し、城将・松田康長らわずか4,000の北条軍が激しい防衛戦を展開しました。現在は緑豊かな芝生と整然とした障子堀越しに富士山を望む、日本屈指の史跡景観を誇ります。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | 天守や石垣は存在しない。土塁と深い空堀、障子堀・畝堀で構成された「土の要塞」。 |
|---|---|
| 築城年 | 1560年代(永禄年間頃) |
| 初代城主 | 北条氏康 |
| 有名城主 | 北条氏康、北条氏政、松田康長 |
| 最終城主 | 松田康長(1590年の小田原征伐にて豊臣軍により落城) |
| お城の役割 | 後北条氏の小田原城を防衛する箱根西麓の最前線要塞拠点 |
| 廃城の経緯・時期 | 1590年の落城後、再建されず廃城。国の史跡「山中城跡」として見事に復元・保存。 |
| 城域規模 | 標高580mの箱根街道沿いに本丸・二の丸・三の丸、障子堀・畝堀を配した大規模山城 |
歴史解説・深掘り
山中城は石垣を使わず土塁と空堀のみで築かれた後北条氏の要塞です。堀底に障子の桟のような土むらを張り巡らせた「障子堀」や「畝堀」は、敵の足場を奪う北条流の秘伝技術です。現在は美しい史跡公園として復元されています。