和歌山城 (わかやまじょう)
「暴れん坊将軍」こと徳川吉宗を輩出した、徳川御三家「紀州徳川家」の広大な居城。虎が伏せたような形の虎伏山に建つ連立式天守や、斜めにかかる珍しい御橋廊下が見どころです。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | 連立式層塔型 3重3階(1958年復興の鉄筋コンクリート造) |
|---|---|
| 築城年 | 1585年(天正13年) |
| 初代城主 | 豊臣秀長(藤堂高虎に普請を命じる) |
| 有名城主 | 浅野幸長、徳川頼宣、徳川吉宗 |
| 最終城主 | 徳川茂承 |
| お城の役割 | 紀州藩(徳川御三家)の統治拠点、西国への抑え |
| 廃城の経緯・時期 | 1945年(昭和20年)和歌山大空襲により国宝の天守が焼失 |
| 城域規模 | 標高48.9mの虎伏山に築かれた平山城 |
歴史解説・深掘り
和歌山城は、浅野家の統治を経て、1619年に徳川家康の十男・徳川頼宣(よりのぶ)が入城し、以後「徳川御三家・紀州徳川家」の居城となりました。西国大名への強力な防波堤として大規模な増築が行われ、高い格式を誇りました。ここから、江戸幕府第8代将軍・徳川吉宗(暴れん坊将軍のモデル)や、第14代将軍・徳川家茂が輩出されています。