宇和島城 (うわじまじょう)
築城名人・藤堂高虎によって五角形の巧妙な縄張りが施され、のちに伊達政宗の長男・秀宗が入城して「伊達十万石」の居城となりました。優美な現存12天守の姿が魅力です。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | 独立式層塔型 3重3階(現存12天守) |
|---|---|
| 築城年 | 1601年(慶長6年) |
| 初代城主 | 藤堂高虎 |
| 有名城主 | 藤堂高虎、伊達秀宗 |
| 最終城主 | 伊達宗徳 |
| お城の役割 | 伊予国南部(宇和島藩)の統治、海上防衛 |
| 廃城の経緯・時期 | 明治時代に多くの門や櫓が解体されたが、天守は保存された |
| 城域規模 | 標高約80メートルの城山に築かれた平山城(当時は海に面していた) |
歴史解説・深掘り
宇和島城の最大の特徴は、築城の名手・藤堂高虎が設計した「不等辺五角形」の縄張りです。城の外郭や堀を意図的に五角形にすることで、城を攻める敵に四角形だと錯覚させ、死角からの奇襲を可能にする高度な防御トリック(空角の経始)が仕掛けられていました。これは高虎の並外れた築城技術を示すエピソードです。