津山城 (つやまじょう)
平成17年に木造復元された備中櫓。頑丈な高石垣の上にそびえ立つ姿が美しい
画像出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA / 作者: Wikimedia Commons Contributor)
「津山城」は、岡山県津山市にある、織田信長の側近として有名な森蘭丸の弟・森忠政によって築かれた壮大な平山城です。1603年(慶長8年)から13年もの歳月をかけて吉井川の北岸にある鶴山に築かれました。明治の廃城令により、天守や全ての建物が解体されてしまいましたが、当時は5重5階の巨大な天守に加え、70棟以上の櫓、数十の門がひしめくように建てられており、姫路城や松山城と並び「日本で最も櫓の多い城」の一つとして威容を誇っていました。現在は見事な石垣群がほぼ完全な状態で残っており、国の史跡に指定されています。本丸南西角にある「備中櫓(びっちゅうやぐら)」は、内部が畳敷きで茶室や床の間を備えるという、まるで御殿のような極めて珍しい構造の櫓でした。この備中櫓は2005年(平成17年)に木造で忠実に復元され、新たなシンボルとなっています。また、城跡は「鶴山公園(かくざんこうえん)」として整備され、西日本を代表する桜の名所(日本さくら名所100選)として広く親しまれています。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | 5重5階(地下1階)の独立式層塔型天守が聳え立っていたが、1873年の廃城令により解体された。 |
|---|---|
| 築城年 | 1603年(慶長8年)に築城開始、1616年(元和2年)に完成。 |
| 初代城主 | 森忠政(初代津山藩主、森蘭丸の弟) |
| 有名城主 | 森忠政、松平宣富、松平斉孝 |
| 最終城主 | 松平康民(越前松平家・津山藩最後代の藩主) |
| お城の役割 | 美作国の支配拠点、津山藩の藩庁 |
| 廃城の経緯・時期 | 1873年(明治6年)の廃城令により建物はすべて売却・解体。現在は鶴山公園として整備され、石垣が残る。 |
| 城域規模 | 鶴山に築かれた、高石垣と無数の櫓で囲まれた強固な連郭式平山城 |
歴史解説・深掘り
津山城の「備中櫓(びっちゅうやぐら)」は、2005年に築城400年を記念して木造で完全復元されました。最大の特徴は、一般的な戦うための櫓(板張り、狭間あり)とは異なり、内部全体が美しい「畳敷き」であり、茶室や床の間、さらには格式高い「お座敷」を備えるなど、御殿(居館)としての実用性や接客機能を重視した構造である点です。初代藩主の森忠政が、娘の夫となった備中松山藩主の池田長幸を接待するために築いたと伝えられています。