津和野城 (つわのじょう)
「津和野城」(別名・三本松城)は、標高約367mの霊亀山山頂に壮麗な石垣群を巡らせた天空の山城です。鎌倉時代末期に沿岸防衛のため吉見頼行によって築かれたのが始まりで、関ヶ原の戦い後に城主となった坂崎直盛により織豊系の本格的な総石垣の城郭へと大改造されました。その後、亀井氏が幕末まで11代にわたり城代を務め、城下町は「山陰の小京都」として大いに栄えました。明治の廃城令により建物は解体されましたが、見事な高石垣が良好に現存し、山頂の本丸跡からは赤瓦の街並みが美しい津和野の風景を一望できます。藩校「養老館」からは西周や森鴎外といった近代日本の偉人も輩出され、歴史と文化の薫りを今に伝えています。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | 天守台の石垣のみが存在する。かつて三十重櫓や人丸櫓などの大型櫓が天守の代わりを果たしていたとされる。 |
|---|---|
| 築城年 | 1295年(永仁3年)頃 |
| 初代城主 | 吉見頼行 |
| 有名城主 | 坂崎直盛、亀井政矩 |
| 最終城主 | 亀井茲監(明治の廃城にともない廃城) |
| お城の役割 | 山陰と長門を結ぶ軍事的要衝、津和野藩亀井家4万4千石の政治・文化の中心 |
| 廃城の経緯・時期 | 1871年の廃城令により建物が解体。石垣群が山頂に保存される。 |
| 城域規模 | 標高約367mの霊亀山全体を要塞化し、三十重櫓や本丸を総石垣で固めた峻険な山城 |
歴史解説・深掘り
津和野城は鎌倉時代末期に吉見氏によって築かれた中世山城が始まりですが、関ヶ原の戦い後に城主となった坂崎直盛によって織豊系の本格的な総石垣城郭へと生まれ変わりました。直盛は大坂夏の陣で千姫を落城する大坂城から救出した人物として知られます。現在も山頂に佇む立派な石垣群は、彼の築城技術の高さを物語っています。