徳島城 (とくしまじょう)
平成元年に徳島市制100周年記念として史実に基づいて復元された徳島城のシンボル「鷲の門」
画像出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA / 作者: Wikimedia Commons Contributor)
「徳島城」は、徳島県徳島市にある、豊臣秀吉の四国征伐で功績を挙げた名将・蜂須賀家政によって天正13年(1585年)に築かれた平山城です。吉野川河口の三角州にそびえる「城山」を本丸とし、吉野川の支流などの水路を天然の外堀・内堀として巧みに取り入れた強固な構造を持っていました。江戸時代を通じて、蜂須賀氏25万石の居城として明治の廃城まで14代にわたり移封されることなく長期安定統治の拠点となりました。落成祝いの際、家政が「好き勝手に踊れ」とお触れを出したことが、徳島を象徴する「阿波踊り」の起源になったという楽しい伝説が残っています。明治以降に全ての建物が取り壊され、唯一残った国宝の「鷲の門」も徳島大空襲で焼失しましたが、平成元年に復元。表御殿跡にある「旧徳島城表御殿庭園」は、徳島特産の美しい「阿波の青石(緑色片岩)」を豪快に配置した名勝枯山水として、往時の大名庭園の美しさを今に伝えています。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | かつては城山山頂に三層の天守が存在したが、江戸初期の元和年間に取り壊されたと伝わる。 |
|---|---|
| 築城年 | 1585年(天正13年)に築城開始、翌1586年に完成。 |
| 初代城主 | 蜂須賀家政 |
| 有名城主 | 蜂須賀家政(初代藩主)、蜂須賀至鎮(大坂の陣で活躍) |
| 最終城主 | 蜂須賀茂韶(徳島藩最後代の藩主) |
| お城の役割 | 徳島藩25万石の藩庁、阿波国の政治・行政の中心地 |
| 廃城の経緯・時期 | 1875年(明治8年)の廃城令により解体。唯一残った鷲の門も1945年の空襲で焼失、1989年に木造復元された。 |
| 城域規模 | 城山(標高61m)山頂の山城部分と山麓の平城部分を一体化した連郭式平山城 |
歴史解説・深掘り
徳島城の完成(1586年)を祝って、藩主・蜂須賀家政が城下の人々に対し「城の完成を祝って、勝手に踊れ」という無礼講のお触れを出したことが、阿波踊りの起源になったという伝説は地元で非常に有名です。記録には諸説あるものの、藩の庇護と奨励により、城下町で芸能として発展したことは確かであり、徳島城は単なる軍事拠点ではなく、豊かな伝統文化が生まれた発祥の地でもあります。