洲本城 (すもとじょう)
水軍の要塞・洲本城。高石垣と紀淡海峡を一望する三熊山山頂の天守景観
画像出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA / 作者: Wikimedia Commons Contributor)
「洲本城」(別名・三熊城)は、淡路島東岸の三熊山(標高133m)山頂にそびえる、水軍の要衝を守った総石垣造りの山城です。戦国時代に淡路水軍の頭領・安宅氏が築き、羽柴秀吉の四国制圧後は「賤ヶ岳の七本槍」の一人・脇坂安治が入城して壮大な総石垣の近世城郭へ改修しました。山頂の本丸からは紀淡海峡や大阪湾、洲本市街地を一望する圧倒的なパノラマ絶景が広がります。また、山麓と本丸を縦方向に繋ぐ全国的にも大変珍しい「登り石垣」の遺構が現存しています。昭和3年には日本最古の鉄筋コンクリート造模擬天守が建造され、淡路島の歴史と海の景色を象徴するランドマークとして愛されています。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | 昭和3年に即位御大典記念として建造された日本最古のRC造模擬天守。石垣上の本丸にそびえる。 |
|---|---|
| 築城年 | 1526年(大永6年)頃 |
| 初代城主 | 安宅治興 |
| 有名城主 | 安宅水軍(安宅冬康等)、仙石秀久、脇坂安治、蜂須賀至鎮 |
| 最終城主 | 蜂須賀氏(一国一城令や由良引けを経て徳島藩の淡路統治城代が駐在) |
| お城の役割 | 淡路国および紀淡海峡の防衛拠点、安宅水軍・脇坂水軍の水軍要塞 |
| 廃城の経緯・時期 | 1615年の一国一城令で一時廃城。1631年の由良引けで再利用され明治に廃城。 |
| 城域規模 | 三熊山山頂の本丸・二の丸と、山麓の居館を「登り石垣」で結んだ壮大な石垣山城 |
歴史解説・深掘り
洲本城は標高133mの三熊山に築かれた水軍の要塞城郭です。賤ヶ岳の七本槍の一人・脇坂安治が城主となり、総石垣造りの壮大な城郭へと改修しました。山頂から麓を結ぶ「登り石垣」は全国でも稀少な遺構として有名です。山頂からは紀淡海峡の素晴らしい景色が一望できます。