仙台城 (せんだいじょう)
本丸跡から仙台の街並みを見守るようにそびえ立つ、仙台観光のシンボル「伊達政宗騎馬像」
画像出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA / 作者: Wikimedia Commons Contributor)
「仙台城(せんだいじょう)」は、宮城県仙台市青葉区の青葉山に築かれた、伊達家62万石の居城です。慶長6年(1601年)に初代藩主・伊達政宗によって築城されました。東側に広瀬川の断崖、南側に竜の口沢の渓谷、西側に青葉山の険しい山林が控える「天然の要害」に位置する山城(平山城)で、別名「青葉城(あおばじょう)」とも呼ばれています。政宗は徳川家康の警戒を避けるため、あえて天守閣を建設しませんでした。その代わりに本丸には、金碧障壁画や見事な彫刻で飾られた桃山文化の粋を集めた絢爛豪華な「大広間」が建てられ、藩の権威の象徴とされました。明治以降の廃城令にともない建物の多くが解体され、残されていた国宝の大手門なども昭和20年の仙台空襲で焼失してしまいましたが、本丸跡に立つ勇壮な「伊達政宗騎馬像」のふもとからは、広瀬川と政宗が拓いた美しい「杜の都・仙台」の街並みを一望することができます。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | 徳川幕府への警戒を避けるため、あえて天守は建設されなかった。本丸の絢爛豪華な「大広間」が象徴だった。 |
|---|---|
| 築城年 | 1601年(慶長6年)に築城開始、1603年頃に本丸が完成。 |
| 初代城主 | 伊達政宗 |
| 有名城主 | 伊達政宗、伊達忠宗、伊達氏(仙台藩主代々) |
| 最終城主 | 伊達宗基(仙台藩最後代の藩主) |
| お城の役割 | 仙台藩62万石の藩庁、陸奥国守の統治拠点 |
| 廃城の経緯・時期 | 1871年(明治4年)に廃城。1945年の空襲で国宝の大手門などが消失した。 |
| 城域規模 | 広瀬川や竜の口渓谷の絶壁を巧みに外堀とした、強固な平山城 |
歴史解説・深掘り
仙台城(青葉城)は、慶長6年(1601年)に伊達政宗によって築城されました。政宗は徳川幕府への敵対意志がないことをアピールするため、あえて城内に「天守閣」を設けませんでした。しかし、その防御設計は鉄壁で、東側の広瀬川の断崖と南側の竜の口渓谷を巧みに外堀として取り込み、崖上に巨大な本丸石垣を築いた難攻不落の平山城でした。天守なき本丸の象徴とされた「大広間」は、豪華絢爛な書院造りで、仙台伊達家の財力と桃山文化の高い格式を示していました。