佐賀城 (さがじょう)
幕末の歴史を伝える重厚な鯱門と木造忠実復元された佐賀城本丸御殿
画像出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA / 作者: Wikimedia Commons Contributor)
「佐賀城」(別名・栄城、沈み城)は、佐賀平野の低湿地に築かれた鍋島氏35万石の居城です。幅100メートルを超える広大な水堀と、楠の巨木が生い茂る高い土塁に囲まれ、外からは城郭が隠れて見えることから「沈み城」と称されました。幕末の10代藩主・鍋島直正(閑草)の時代には、日本初の反射炉の建設や西洋式大砲・蒸気船の自前製造を成し遂げ、日本屈指の科学技術を誇る先進藩として明治維新の原動力となりました。明治期の佐賀の乱の弾痕が残る重要文化財「鯱門(しゃちもん)」が現存するほか、2004年には日本最大級の木造復元建造物となる「佐賀城本丸歴史館(本丸御殿)」が復元され、1000平米を超える圧巻の畳敷きの大広間が当時の威容を伝えています。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | かつて4重5層の天守が存在したが、1726年の火災で焼失後は再建されず天守台石垣のみが現存。 |
|---|---|
| 築城年 | 1602年(慶長7年)〜1611年(慶長16年) |
| 初代城主 | 鍋島直茂、鍋島勝茂 |
| 有名城主 | 鍋島直茂、鍋島勝茂、鍋島直正 |
| 最終城主 | 鍋島直大(明治の廃城にともない廃城) |
| お城の役割 | 肥前国佐賀藩35万石の本拠地、幕末の科学技術・近代化の最先端拠点 |
| 廃城の経緯・時期 | 1874年の佐賀の乱で多くの建造物が焼失。鯱門・続櫓が現存し、2004年に本丸御殿が木造復元。 |
| 城域規模 | 水堀と高土塁で守られた広大な平城。木造復元本丸御殿は日本最大級(約2500平米) |
歴史解説・深掘り
佐賀城は肥前鍋島氏35万石の居城です。幕末の10代藩主・鍋島直正は科学技術の導入に力を注ぎ、日本初の鉄製大砲鋳造用反射炉や蒸気船の製造を成功させ、大隈重信や江藤新平ら明治維新のリーダー(佐賀の七賢人)を輩出しました。2004年に木造復元された本丸御殿は日本最大級の木造復元建築として名高いです。