お知らせ
🏯 「お城ストーリーズ」×「合戦マニアックス」の共同公式X(@rekishi_travel)を開設しました!サクラとケンの旅の様子や歴史クイズを発信中です!🎉 姉妹サイト「戦国クイズ 合戦マニアックス」との相互直リンクおよび遷移明示(姉妹サイト表記)を適用しました!🍗 お城周辺のおすすめ情報・ご当地グルメ紹介を追加しました!🎉 「お城ストーリーズ」の公式note開設記事を公開しました! 🏯 「お城ストーリーズ」×「合戦マニアックス」の共同公式X(@rekishi_travel)を開設しました!サクラとケンの旅の様子や歴史クイズを発信中です!🎉 姉妹サイト「戦国クイズ 合戦マニアックス」との相互直リンクおよび遷移明示(姉妹サイト表記)を適用しました!🍗 お城周辺のおすすめ情報・ご当地グルメ紹介を追加しました!🎉 「お城ストーリーズ」の公式note開設記事を公開しました!
※本サイトの個別ページには、アフィリエイト広告(楽天市場)が含まれています。
愛媛県

大洲城 (おおずじょう)

大洲城 肱川の河畔にたたずむ木造復元天守と重要文化財の櫓群

古写真や木組み模型に基づき完全木造復元された4重4層の木造天守

画像出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA / 作者: Wikimedia Commons Contributor)

「大洲城」(別名・地蔵ヶ岳城)は、清流・肱川(ひじかわ)を望む高台にそびえる近世城郭です。鎌倉時代末期に宇都宮豊房が築いた城郭を始まりとし、築城の名手・藤堂高虎や脇坂安治らによって近世城郭へと整備されました。江戸時代には加藤氏が大洲藩6万石の主として明治維新まで治めました。明治期に天守は解体されましたが、奇跡的に遺されていた明治初期の古写真や木組みの立体模型(天守雛形)といった豊富な史料に基づき、2004年に戦後初となる伝統木造工法による4重4層の天守が完全復元されました。現存する4棟の三重櫓(台所櫓、高欄櫓など)は国の重要文化財に指定されており、清流に映える木造復元天守と優美な櫓群が城郭ファンを魅了しています。

お城の基本スペック

一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。

天守構造 4重4層の複合連結式天守。明治期に解体されたが、古写真や天守雛形に基づき2004年に戦後初となる本格木造復元が完成。
築城年 1331年(元弘元年)頃
初代城主 宇都宮豊房
有名城主 藤堂高虎、脇坂安治、加藤貞泰
最終城主 加藤泰秋(明治の廃城にともない廃城)
お城の役割 伊予国大洲藩6万石の本拠地、肱川の河川交通を押さえる軍事・政治の要衝
廃城の経緯・時期 1888年に老朽化のため天守が解体。4棟の櫓(台所櫓・高欄櫓等)が奇跡的に現存保存される。
城域規模 肱川の蛇行する河畔の丘陵に本丸・二の丸・三の丸を配置し、高石垣で固めた平山城

タイムスリップ逸話劇

古写真と雛形が叶えた「木造完全復元天守」

肱川のほとりからそびえ立つ美しい木造復元天守と重要文化財の櫓群を見上げながら、完全木造復元への熱意について語り合うサクラとケン

※このイラストはAIで生成されたイメージ画像です

ケン
ケン

木のぬくもりがすごくて格好いい天守だね!これ、最近建て直された復元天守なの?

サクラ
サクラ

そうなの!2004年に戦後初となる日本伝統の木造軸組工法で完全復元された4重4層の天守よ。

ケン
ケン

どうして明治時代に解体された天守を、昔のまま正確に木造で建て直すことができたの?

サクラ
サクラ

明治初期の珍しい天守の古写真や、『天守雛形』と呼ばれる木組みの立体模型史料が奇跡的に残されていたからなのよ。市民の情熱と史料のおかげで本物の姿が甦ったの。

ケン
ケン

立体模型のおかげで当時の職人の技が受け継がれたんだね。肱川の清流に映える姿が本当に綺麗だなあ!

歴史解説・深掘り

大洲城の天守は明治21年に解体されましたが、明治初期に撮影された古写真や、木組みの立体模型である「天守雛形」が奇跡的に残されていました。これら豊富な一次史料に基づき、2004年に日本伝統の木造軸組工法によって4重4層の天守が復元されました。現代における城郭木造復元の金字塔として高く評価されています。

出典・参考資料: 『大洲城天守復元記録』『大洲藩史』

名手・藤堂高虎と脇坂安治が固めた名城

ケン
ケン

築城の名手として有名な藤堂高虎も、この大洲城の建設に関わっていたんだね!

サクラ
サクラ

ええ、関ヶ原の戦いの後に藤堂高虎が修築し、その後に入封した『賤ヶ岳の七本槍』の一人・脇坂安治が天守や櫓群を整備して本格的な近世城郭にしたのよ。

ケン
ケン

名だたる武将たちがこのお城の石垣や城郭を完成させていったんだね!

サクラ
サクラ

そうね。現存する『台所櫓』や『高欄櫓』といった国の重要文化財の櫓群が、その当時の重厚な歴史を物語っているわ。

歴史解説・深掘り

大洲城は鎌倉時代に宇都宮氏が築いた城がルーツですが、慶長年間に築城の名手・藤堂高虎や脇坂安治が入封し、高石垣や天守、櫓群を備えた城郭へと大きく発展させました。江戸時代には加藤氏13代の居城となり、伊予大洲藩の政治と文化の中心地として栄えました。

出典・参考資料: 『藤堂高虎家譜』『大洲市史』

周辺のおすすめ情報・ご当地グルメ

お城を訪れるなら一緒に楽しみたい、ケンとサクラのおすすめ情報です。

🏨 周辺のお宿

日本最古の名湯「道後温泉」の美肌湯と絶品大洲いもたき・宇和島鯛めしの宿

道後温泉の宿の和室で、浴衣姿で温かい大洲いもたきや鯛めしを笑顔で味わうケンとサクラ
AI生成イメージ
ケン
ケン

大洲城の木造復元天守の迫力に大感動したよ!肱川の風が気持ちよかったけど、道後温泉のなめらかなお湯に入ったら、身体がぽかぽか温まったんだな〜!

サクラ
サクラ

ふふ、道後温泉は日本最古の温泉の一つとして有名ね。湯上がりのこの『大洲いもたき』も、お出汁が染み込んだ里芋がホクホクで美味しいわ。

ケン
ケン

本当だ!そしてこの『宇和島風・鯛めし』、タレと卵黄が絡んだ新鮮な鯛ご飯が贅沢すぎるよ!食後の伝統和菓子『志ぐれ』ももちもちで最高!

サクラ
サクラ

愛媛の極上名湯と歴史ある城下町グルメを宿で味わう時間は、旅の一番の楽しみね。楽天市場のふるさと納税を使えば、道後温泉の温泉宿や人気ホテルで使える宿泊クーポンがお得に手に入るから、歴史旅の拠点にするのにおすすめよ。

アクセス・所在地

お城の位置を地図で確認できます。

歴史対比年表

日本史の主要な出来事と、大洲城の歩みを重ねて見る年表です。

1331
お城の歴史 元弘元年

宇都宮豊房が地蔵ヶ岳に城を築く(大洲城の始まり)。

1467
日本史 応仁元年

応仁の乱が勃発(戦国時代の幕開け)

1543
日本史 天文12年

種子島にポルトガル船が漂着し、鉄砲が伝来する

1549
日本史 天文18年

フランシスコ・ザビエルが来日し、キリスト教が伝来する

1560
日本史 永禄3年

桶狭間の戦い(織田信長が今川義元を破る)

1573
日本史 天正元年

織田信長が足利義昭を追放し、室町幕府が滅亡する

1575
日本史 天正3年

長篠の戦い(織田・徳川連合軍が武田勝頼を破る)

1582
日本史 天正10年

本能寺の変(織田信長が明智光秀に討たれる)

1590
日本史 天正18年

豊臣秀吉が小田原征伐を行い、天下統一を果たす

1592
日本史 文禄元年

豊臣秀吉による朝鮮出兵(文禄の役)が始まる

1597
日本史 慶長2年

豊臣秀吉による2回目の朝鮮出兵(慶長の役)が始まる

1600
日本史 慶長5年

関ヶ原の戦い(徳川家康率いる東軍が勝利)

1600
お城の歴史 慶長5年

藤堂高虎が修築を行い、続いて脇坂安治が入封し天守や櫓群を建造。

1603
日本史 慶長8年

徳川家康が征夷大将軍に就任し、江戸幕府を開く

1614
日本史 慶長19年

大坂冬の陣が勃発する

1615
日本史 元和元年

大坂夏の陣により豊臣氏が滅亡し、一国一城令や武家諸法度が制定される

1617
お城の歴史 元和3年

加藤貞泰が6万石で入封。以後、明治維新まで加藤氏13代の居城となる。

1637
日本史 寛永14年

島原の乱が勃発する(天草四郎らが蜂起)

1639
日本史 寛永16年

ポルトガル船の来航を禁止し、鎖国体制が完成する

1702
日本史 元禄15年

赤穂浪士による吉良邸討ち入り(元禄赤穂事件)

1782
日本史 天明2年

天明の大飢饉が始まる(〜1788年)

1853
日本史 嘉永6年

ペリー率いるアメリカの黒船が浦賀に来航する

1867
日本史 慶応3年

徳川慶喜が大政奉還を行い、江戸幕府が滅亡する

1868
日本史 明治元年

明治維新が始まり、戊辰戦争が勃発する

1871
日本史 明治4年

廃藩置県が実施され、全国の城郭が国(陸軍省)の管轄となる

1873
日本史 明治6年

廃城令が発布され、全国の多くの城が民間に払い下げられて解体される

1877
日本史 明治10年

西南戦争が勃発する(西郷隆盛らが挙兵)

1894
日本史 明治27年

日清戦争が勃発する

1904
日本史 明治37年

日露戦争が勃発する

1941
日本史 昭和16年

太平洋戦争(大東亜戦争)が勃発する

1945
日本史 昭和20年

太平洋戦争が終戦する(多くの城が空襲で焼失)

2004
お城の歴史 平成16年

市民の寄付や古写真・天守雛形に基づき、伝統木造工法により4重4層の天守が復元される。

お城クイズ

このお城に関する歴史クイズに挑戦してみよう!

問題 1

大洲城の天守が2004年に戦後初となる日本伝統の木造軸組工法で完全復元できた最大の決め手となった、明治初期の古写真とともに残されていた立体模型は何でしょうか?

解説

大洲城では、江戸時代に作られた「天守雛形」と呼ばれる精密な木組みの立体模型と古写真が残されていたため、忠実な木造復元が可能となりました。

問題 2

関ヶ原の戦いの後に大洲に入封し、高い石垣や近世城郭の縄張り(設計)を手がけた築城の名手として知られる大名は誰でしょうか?

解説

築城の名手・藤堂高虎は大洲城主として高石垣や大規模な郭の整備を行い、近世城郭としての基礎を固めました。

問題 3

大洲城の脇を流れる肱川(ひじかわ)の河川敷で秋に開催される伝統行事で、里芋や鶏肉などを煮込んで食べる愛媛の代表的な郷土料理は何でしょうか?

解説

「大洲いもたき」は肱川の河川敷で秋に行われる秋の風物詩で、特製出汁で里芋や肉・野菜を煮込む郷土料理です。