大野城 (おおのじょう)
白村江の敗戦後に築かれた古代山城。谷を強固に塞ぐ壮大な「百間石垣」
画像出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA / 作者: Wikimedia Commons Contributor)
「大野城」(福岡県大野城市・太宰府市・宇美町)は、天智天皇4年(665年)に築城された日本を代表する古代山城(国の特別史跡・日本100名城第86番)です。白村江の戦い(663年)で唐・新羅連合軍に敗れた大和朝廷が、国土防衛の最前線である大宰府を守るために築かせました。百済からの亡命貴族の指導のもと、四王寺山(標高410m)を囲む全長約8kmの土塁や、谷を塞ぐ壮大な「百間石垣(ひゃっけんいしがき)」、約70棟もの建物礎石群が造営されました。1300年以上前の古代日本の危機と最先端土木技術を今に伝える奇跡の城郭遺跡です。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | 古代山城のため天守は存在せず、山中に米倉や兵舎など約70棟の大型掘立柱建物や礎石建物が配置された。 |
|---|---|
| 築城年 | 665年(天智天皇4年) |
| 初代城主 | 中大兄皇子(天智天皇) / 指導: 憶礼福留、四比福夫ら百済亡命貴族 |
| 有名城主 | 大宰府官人、大友氏、高橋紹運(戦国期に岩屋城を前線として防衛) |
| 最終城主 | 中世以降は四王寺山山城として利用され、岩屋城の戦い(1586年)を経て廃城。 |
| お城の役割 | 白村江の戦い後の日本国防の要衝、大宰府防衛のための古代要塞 |
| 廃城の経緯・時期 | 古代律令期の崩壊とともに城郭としての役目を終え山林化。国の特別史跡。 |
| 城域規模 | 四王寺山全域(外周約8km)を土塁と石垣で囲んだ日本最大級の朝鮮式古代山城 |
歴史解説・深掘り
大野城は665年、天智天皇の命により築城されました。白村江の戦いで唐・新羅軍に敗れた後、大宰府を守る拠点として四王寺山全域(外周約8km)に土塁や石垣、約70棟の倉庫群が建設された日本最大規模の古代山城です。