岡城 (おかじょう)
名曲『荒城の月』の舞台。断崖絶壁の上に連なる岡城の壮大な高石垣群
画像出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA / 作者: Wikimedia Commons Contributor)
「岡城」(別名・臥牛城)は、阿蘇山の火砕流によって形成された標高325mの鋭い断崖絶壁の上にそびえる、天然の要害に築かれた天空の山城です。1185年に緒方惟栄が源義経を迎えるために築いたと伝わり、文禄3年(1594年)に中川秀成が入封して重厚な総石垣の大城郭へ完成させました。天正14年には九州制圧を目指す島津氏の大軍による怒涛の猛攻を受けながらも、志賀親次が不落の守りで撃退しました。明治の廃城により建造物は取り壊されましたが、幾重にも連なる圧倒的なスケールの高石垣群がほぼ完全な形で遺存しています。竹田で育った作曲家・滝廉太郎が名曲『荒城の月』を着想した舞台としても全国的に知られています。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | かつて本丸に3重の天守が存在した。現在は天空に聳える重厚な天守台・本丸石垣遺構が遺存。 |
|---|---|
| 築城年 | 1185年(文治元年)伝、近世完成は1594年(文禄3年) |
| 初代城主 | 緒方惟栄(創建伝承)、中川秀成(近世総石垣改修) |
| 有名城主 | 志賀親次、中川秀成、中川久盛、中川久清 |
| 最終城主 | 中川久成(明治の廃城にともない解体) |
| お城の役割 | 豊後国岡藩7万石の本拠地、阿蘇・薩摩に対する日向街道の要衝 |
| 廃城の経緯・時期 | 1871年の廃城令により建造物が解体。広大な高石垣群が国の史跡として保護。 |
| 城域規模 | 標高325mの断崖地形全域に本丸・二の丸・三の丸の高石垣を巡らせた巨大山城 |
歴史解説・深掘り
岡城は阿蘇山の火砕流大地を刻む断崖の上に築かれた天然の要害です。戦国時代には島津氏の大軍による怒涛の攻勢を志賀親次が不落の守りで跳ね返しました。また少年時代を竹田で過ごした作曲家・滝廉太郎が名曲『荒城の月』を着想した城郭として知られています。