小田原城 (おだわらじょう)
戦国時代に関東を支配した北条氏の拠点であり、難攻不落の城として名を馳せました。城下町ごと堀で囲んだ「総構(そうがまえ)」という巨大な防衛網が特徴です。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | 複合式層塔型 3重4階(1960年復興の鉄筋コンクリート造) |
|---|---|
| 築城年 | 室町時代中期 |
| 初代城主 | 大森氏(諸説あり)、のちに北条早雲 |
| 有名城主 | 北条氏康、北条氏政 |
| 最終城主 | 大久保忠礼 |
| お城の役割 | 後北条氏の関東支配の拠点、江戸時代は箱根の関所を控える防衛拠点 |
| 廃城の経緯・時期 | 1870年(明治3年)廃城令により解体 |
| 城域規模 | 総構の周囲は約9kmに及ぶ超巨大城郭 |
歴史解説・深掘り
戦国大名・後北条氏の巨大な要塞であった小田原城に対し、豊臣秀吉は圧倒的な兵力で水陸から完全に包囲する兵糧攻め(小田原攻め)を行いました。さらに秀吉は、小田原城を見下ろす石垣山に秘密裏に城を築き、周囲の木を一夜にして伐採することで城が突如出現したように見せかけ(一夜城)、北条氏の戦意をくじいて降伏へと追い込みました。これにより秀吉の天下統一が完成しました。