飫肥城 (おびじょう)
樹齢100年の飫肥杉で復元された大手門と苔むす石垣。九州の小京都・飫肥城
画像出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA / 作者: Wikimedia Commons Contributor)
「九州の小京都」と称えられる宮崎県日南市に位置する「飫肥城」(日本100名城第96番)は、天正16年(1588年)から明治初期まで伊東氏14代が約280年にわたり治めた城下町の名城です。樹齢100年を超える銘木「飫肥杉(おびすぎ)」を贅沢に使用して昭和53年に木造復元された壮麗な大手門をはじめ、松尾の丸御殿、苔むす美しい野面積みの石垣、武家屋敷通りの石垣と武家門が織りなす風情は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定されています。島津氏との80年間に及ぶ死闘を制して領地を取り戻した伊東氏の執念が息づく歴史の舞台です。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | なし(本丸御殿、松尾の丸御殿、大手門などが整備された平山城) |
|---|---|
| 築城年 | 室町時代中期に島津・土持氏が築城。1588年に伊東祐兵が入城し近世城郭へ整備 |
| 初代城主 | 土持氏、のちに新納忠祐(室町中期) |
| 有名城主 | 伊東祐兵(飫肥藩初代藩主)、伊東義祐 |
| 最終城主 | 伊東祐帰(明治4年の廃藩置県) |
| お城の役割 | 日向国南部統治の拠点、飫肥藩5万1千石の本拠地 |
| 廃城の経緯・時期 | 明治4年に建物解体。1978年に大手門、1979年に松尾の丸御殿が木造復元。国の重伝建地区。 |
| 城域規模 | 東西約700m、南北約500mのシラス台地上に曲輪が連なる平山城 |
歴史解説・深掘り
飫肥城は日南市の中心部にあり、伊東氏5万1千石の城下町として栄えました。飫肥杉を用いた大手門や松尾の丸、旧本丸の苔庭など見どころが多く、周辺の武家屋敷街とともに国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。