根城 (ねじょう)
平成6年に発掘調査に基づいて掘立柱と板壁で忠実に木造復元された本丸の中心的建物「主殿」
画像出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA / 作者: Wikimedia Commons Contributor)
「根城(ねじょう)」は、青森県八戸市にある中世の平城です。南北朝時代の建武元年(1334年)、南朝方の武将・南部師行(なんぶもろゆき)が、奥州における南朝勢力の軍事・政治の拠点として築城しました。後醍醐天皇から「南朝の根本となる城」という意味を込めて「根城」と命名されたと伝わっています。安土桃山・江戸時代に主流となった石垣や天守を持つ「近世城郭」とは異なり、空堀と土塁、木製の柵だけで防御を固めた典型的な「中世城郭」です。寛永4年(1627年)に八戸南部氏が岩手県の遠野へ国替え(移封)となったことで廃城となりました。その際に改修や破壊が行われず放置されたため、地中に掘立柱建物の柱穴などの遺構が手付かずのまま極めて良好な状態で残されました。平成6年(1994年)には、大規模な発掘調査の成果に基づき、本丸の中心的建物である「主殿(しゅでん)」や工房、厩などが当時の掘立柱工法と板壁で忠実に復元され、国の史跡として往時の中世武士のリアルな生活風景を現代に伝えています。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | 中世城郭のため天守は存在しない。本丸には掘立柱の木造平屋「主殿」が中心的な建物として復元されている。 |
|---|---|
| 築城年 | 1334年(建武元年) |
| 初代城主 | 南部師行(なんぶもろゆき) |
| 有名城主 | 南部師行、南部政長、八戸(遠野)南部氏代々 |
| 最終城主 | 南部直義(遠野南部氏初代。遠野への移封にともない廃城) |
| お城の役割 | 奥州南朝勢力の軍事拠点、八戸地方の政治・行政の中心地 |
| 廃城の経緯・時期 | 1627年(寛永4年)に国替えにともない廃城。以後は近世城郭化されず保存された。 |
| 城域規模 | 深い空堀と土塁で分かたれた8つの郭を持つ、典型的な中世平城(拠点的平山城) |
歴史解説・深掘り
根城は、1334年に南部師行が奥州における南朝方の軍事・政治の拠点として築きました。後醍醐天皇から「南朝の根本の城」と認められたとする命名伝説が残る、歴史的に極めて重要なお城です。近世城郭のようなきらびやかな天守や石垣はなく、防御は深い空堀と土塁、木製の柵で構成されています。史跡公園内に復元された「主殿」は、当時の工法を忠実に再現した掘立柱建物であり、中世城郭の姿を視覚的に体験できる日本有数の史跡です。