盛岡城 (もりおかじょう)
東北地方では珍しく地元産の花崗岩を用いて築かれた、盛岡城跡の美しい「総石垣」
画像出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA / 作者: Wikimedia Commons Contributor)
「盛岡城(もりおかじょう)」は、岩手県盛岡市にある、盛岡藩南部氏20万石の居城として築かれた連郭式の平山城です。天正20年(1592年)に南部信直が本拠地を不来方(現在の盛岡)へ移すことを決定し、慶長3年(1598年)に本格的な築城が開始され、初代藩主・南部利直の代に完成しました。北上川、雫石川、中津川の3つの河川に囲まれた天然の要害に位置しています。東北地方のお城では珍しく、地元産の花崗岩をふんだんに使用した美しい「総石垣」が最大の特徴で、野良積みから切込接まで様々な積みの技法を見ることができます。明治7年(1874年)の廃城令によりすべての建物が解体されましたが、石垣はほぼ完全な状態で残されました。別名「不来方城(こずかたじょう)」とも呼ばれ、盛岡尋常中学校に通っていた歌人・石川啄木が授業をサボって城の草地に寝そべり、空を眺めて文学への夢を膨らませたというエピソードは、彼の代表的な短歌「不来方のお城の草に寝ころびて…」として知られており、現在も公園内にその歌碑が静かに佇んでいます。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | かつて3重の天守(三階櫓)が存在したが、1689年(元禄2年)の落雷により焼失し、以後は再建されなかった。 |
|---|---|
| 築城年 | 1598年(慶長3年)に築城開始、1613年頃にほぼ完成。 |
| 初代城主 | 南部信直、南部利直(初代盛岡藩主・完成) |
| 有名城主 | 南部信直(築城決定)、南部利直、盛岡南部家代々 |
| 最終城主 | 南部利恭(盛岡藩最後代の藩主) |
| お城の役割 | 盛岡藩南部家20万石の藩庁、岩手地方の行政・経済の中心地 |
| 廃城の経緯・時期 | 1874年(明治7年)に廃城令によりすべての建物が解体された。現在は盛岡城跡公園として整備。 |
| 城域規模 | 北上川、雫石川、中津川を天然の外堀とする、総石垣で囲まれた平山城 |
歴史解説・深掘り
盛岡城の別名「不来方城」は、歌人・石川啄木の代表的な短歌「不来方のお城の草に寝ころびて…」に詠まれていることで非常に有名です。お城の建物自体は明治期に解体されましたが、地元産の白く美しい花崗岩を用いた高い「総石垣」が往時のまま完全に残されています。東北地方では土塁の城が多い中、加藤清正の技術をも取り入れたとされる精緻な石垣は、盛岡城の最大の芸術的価値を誇っています。