水戸城 (みとじょう)
伝統の木造工法で美しく復元され、往時の威容を取り戻した水戸城大手門
画像出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA / 作者: Wikimedia Commons Contributor)
「水戸城」は、徳川御三家の一つ・水戸徳川家の居城であり、日本最大級の藩校「弘道館」や現存する「薬医門」が往時の姿を伝える関東屈指の平山城です。石垣をほとんど持たず、削り出した巨大な土塁と大空堀で防御された大規模な城郭構造が特徴で、現在その空堀跡をJR水郡線が走る非常にユニークな景観が見られます。二代藩主・徳川光圀(水戸黄門)は旺盛な知的好奇心から日本で初めてラーメンや餃子を食したとされ、そうした先進的で豊かな歴史ロマンを感じられるお城です。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | なし(三階建ての三階物見櫓が天守の代用とされた) |
|---|---|
| 築城年 | 平安末期〜鎌倉初期に築城、慶長期〜元和期に改修拡張 |
| 初代城主 | 馬場資幹 |
| 有名城主 | 徳川頼房、徳川光圀、徳川斉昭 |
| 最終城主 | 徳川昭武(水戸藩主) |
| お城の役割 | 徳川御三家・水戸藩の本拠地、水戸徳川家治政の中枢 |
| 廃城の経緯・時期 | 明治維新後の廃城令や第二次世界大戦時の水戸空襲で建造物はほとんど焼失したが、近年大手門や二の丸角櫓などが美しく復元された |
| 城域規模 | 那珂川と千波湖に挟まれた広大な台地に築かれた大規模な平山城 |
歴史解説・深掘り
水戸藩二代藩主・徳川光圀(水戸黄門)は、学問の振興に力を注ぐ一方で、非常に強い好奇心を持つ人物でした。明から亡命した儒学者・朱舜水を招いた際、儒学だけでなく中国の食文化も伝授され、1697年頃に日本で初めて「ラーメン(経帯麺)」を作り、家臣たちへ振る舞ったとされています。このラーメンはハスの根の粉を練り込んだ麺と、五辛を添えた滋養強壮に優れた薬膳風のスープでした。光圀はこの他にも餃子やチーズ、牛乳などをいち早く取り入れた日本屈指の食通でした。