三原城 (みはらじょう)
日本最大級の天守台。小早川隆景が築いた水軍の海城「浮城」・三原城
画像出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA / 作者: Wikimedia Commons Contributor)
「三原城」(別名・浮城 / 広島県三原市)は、毛利元就の三男で知将として名高い小早川隆景が永禄10年(1567年)頃に築いた日本屈指の海城(国の史跡・続日本100名城第172番)です。満潮時には海の上に城が浮かんでいるように見えたことから「浮城」と称されました。最大の特徴は、江戸城天守台に匹敵する日本最大級の広さ(東西約54m・南北約42m)を誇る巨大な「本丸天守台石垣」です。城内に直接軍船を引き入れる舟入を備え、小早川水軍の総拠点として瀬戸内海を制覇しました。現在はJR三原駅構内から直接天守台へ登壇できる全国唯一のユニークな史跡となっています。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | 天守台は日本屈指の規模を誇るが、本格的な天守は造営されず櫓門や多聞櫓が巡らされた。 |
|---|---|
| 築城年 | 1567年(永禄10年)頃 |
| 初代城主 | 小早川隆景(毛利元就の三男) |
| 有名城主 | 小早川隆景、浅野忠吉(三原浅野家) |
| 最終城主 | 浅野忠敬(明治の廃城令により解体) |
| お城の役割 | 小早川水軍(毛利水軍)の本拠地、三原浅野家3万石の居城 |
| 廃城の経緯・時期 | 明治の廃城と鉄道敷設により城郭中心が駅舎化。天守台石垣と堀が現存。国の史跡。 |
| 城域規模 | 瀬戸内海の島々を繋ぎ水軍の軍船を引き入れる舟入を備えた大規模な海城 |
歴史解説・深掘り
三原城は1567年頃、小早川隆景によって築城されました。満潮時に海に浮かぶ姿から「浮城」と呼ばれ、日本最大級の天守台石垣や軍船を収容する舟入を備えた戦国水軍の拠点でした。現在は三原駅と一体化し、天守台石垣が国の史跡に指定されています。