松阪城 (まつさかじょう)
「松阪城」は、織田信長の娘婿であり戦国屈指の知将・文化人でもあった蒲生氏郷が1588年(天正16年)に築城した平山城です。現在の「松阪市」の都市名の発祥・町開きの地でもあります。氏郷の故郷である近江国の優れた石工集団「穴太衆」が関わったとされる強固な「野面積み」の美しい高石垣が特徴で、天守なき後も威風堂々たる佇まいを残しています。江戸時代初期の大台風により天守が倒壊した後は再建されませんでしたが、城代によって維持され続けました。城下には、幕末に城を警護した武士とその家族が暮らした武家長屋「御城番長屋(ごじょうばんながや)」がほぼ完全な形で現存し、現在も子孫が実際に住みながら保存されている稀有な史跡です。また、城内には偉大な国学者・本居宣長の旧宅「鈴屋(すずのや)」も移築されており、国の史跡として松阪の豊かな歴史を今に伝えています。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | かつては三層天守がそびえていたが、1644年の大台風により倒壊。以後は再建されず石垣のみが維持された。 |
|---|---|
| 築城年 | 1588年(天正16年) |
| 初代城主 | 蒲生氏郷 |
| 有名城主 | 蒲生氏郷 |
| 最終城主 | 紀州徳川家(城代による管理、明治の廃城にともない廃城) |
| お城の役割 | 南伊勢支配の拠点、伊勢商人の町「松阪」の経済的・政治的中心 |
| 廃城の経緯・時期 | 1871年(明治4年)の廃藩置県後に建物は解体、石垣が保存される。 |
| 城域規模 | 四五百森の丘陵を巧みに切り開き、巨大な野面積み石垣で郭を固めた連郭式平山城 |
歴史解説・深掘り
松阪城は1588年、織田信長の娘婿である蒲生氏郷によって築城されました。見どころである本丸の強固な「野面積み(のづらづみ)」石垣は、氏郷の故郷である近江国の石工集団「穴太衆(あのうしゅう)」が携わったと伝えられています。氏郷はお城の建設と同時に、楽市楽座を導入して城下町を整備し、後に多くの大商人を輩出する商工都市「松阪」の基礎を築きました。