岐阜城 (ぎふじょう)
斎藤道三が居城とし、のちに織田信長が天下統一(天下布武)の足がかりとした名城。標高329mの金華山頂上にそびえ立ち、濃尾平野を一望できる絶景が魅力です。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | 独立式望楼型 3重4階(1956年復興の鉄筋コンクリート造) |
|---|---|
| 築城年 | 建仁年間(1201年 - 1204年) |
| 初代城主 | 二階堂行政、のちに斎藤道三(本格整備) |
| 有名城主 | 斎藤道三、織田信長 |
| 最終城主 | 織田秀信 |
| お城の役割 | 美濃国の支配拠点、織田信長の天下布武の拠点 |
| 廃城の経緯・時期 | 1601年(慶長6年)廃城となり、天守や櫓は加納城に移築 |
| 城域規模 | 標高329メートルの金華山頂に築かれた山城 |
歴史解説・深掘り
岐阜城(旧・稲葉山城)は、戦国時代において「美濃を制する者は天下を制す」と言われた重要拠点でした。1567年、織田信長は斎藤龍興を破ってこの城に入城し、古代中国の周の文王が岐山から天下を平定した故事にちなんで「岐阜」と改名しました。ここから信長は「天下布武」を掲げ、怒涛の勢いで勢力を拡大していきました。