明石城 (あかしじょう)
国の重要文化財に指定されている、本丸跡に並び立つ現存の三重櫓群
画像出典: Wikimedia Commons (CC BY-SA / 作者: Wikimedia Commons Contributor)
「明石城」(別名・喜春城)は、1619年(元和5年)に徳川家康の曾孫である小笠原忠真によって築かれた平山城です。2代将軍・徳川秀忠の命により、西国大名に対する牽制と明石海峡の海上交通を押さえる西国の要衝として築城されました。天守は最初から築かれませんでしたが、本丸の東西に建つ三重櫓「巽櫓(たつみやぐら)」と「坤櫓(ひつじさるやぐら)」が現存し、全国的にも希少な現存三重櫓として国の重要文化財に指定されています。また、剣豪・宮本武蔵が城下町の町割増や庭園の設計(武蔵の庭)に携わったというロマンあふれる伝承も残されています。現在は明石公園として美しく整備され、見事な高石垣と櫓群が歴史の息吹を今に伝えています。
お城の基本スペック
一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。
| 天守構造 | 天守台の石垣のみが存在し、天守建物は最初から建設されなかった。その代わりに4つの三重櫓が本丸を固めていた。 |
|---|---|
| 築城年 | 1619年(元和5年) |
| 初代城主 | 小笠原忠真 |
| 有名城主 | 小笠原忠真、松平直良 |
| 最終城主 | 松平直致(明治の廃城にともない廃城) |
| お城の役割 | 西国大名を監視・牽制する徳川幕府の要衝、明石海峡と山陽道の防衛拠点 |
| 廃城の経緯・時期 | 1874年の廃城令により建造物の多くが解体。巽櫓と坤櫓の2棟が奇跡的に現存保存される。 |
| 城域規模 | 人丸山丘陵に本丸・二の丸・三の丸を配置し、豪壮な高石垣と水堀で固めた平山城 |
歴史解説・深掘り
明石城は1619年、徳川家康の曾孫・小笠原忠真によって築城されました。天守は最初から建てられず、本丸の四隅に三重櫓を配する構造でした。そのうち「巽櫓」と「坤櫓」の2棟が現在も奇跡的に残っており、国の重要文化財に指定されています。全国にわずか12棟しか現存しない貴重な三重櫓の勇姿を今に伝えています。