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福島県

会津若松城 (あいづわかまつじょう)

会津若松城 天守閣

幕末の姿である赤瓦に復元された鶴ヶ城天守

画像出典: Wikimedia Commons (CC0 1.0 / 作者: Roha)

「鶴ヶ城」の愛称で親しまれる名城です。幕末の戊辰戦争(会津戦争)において激しい攻防戦の舞台となりました。現在は美しい赤瓦の天守が復元されています。

お城の基本スペック

一次史料や公式サイトなどから調査したお城の基本情報です。

天守構造 独立式層塔型、5重5階(1965年再建の鉄筋コンクリート造。2011年に赤瓦へ葺き替え)
築城年 1593年(文禄2年)に蒲生氏郷により7重の天守が完成
初代城主 蒲生氏郷
有名城主 蒲生氏郷、松平容保
最終城主 松平容保(会津松平家)
お城の役割 奥州の要衝、会津藩の居城
廃城の経緯・時期 1868年(慶応4年)会津戦争で開城後、1874年(明治7年)までに解体
城域規模 不明

タイムスリップ逸話劇

新式銃を構えるジャンヌ・ダルク!山本八重の籠城戦

煙が上がる赤瓦の会津若松城壁の裏で、新式銃を構えるサクラ

※このイラストはAIで生成されたイメージ画像です

サクラ
サクラ

(※重い連発銃を構えながら) ケン、頭を下げて! 新政府軍の砲弾がひっきりなしに飛んできているわ。ここは1868年、戊辰戦争の中でも最も激しい『会津戦争』の籠城戦の真っ最中よ!

ケン
ケン

(※物陰で耳を塞いで丸まりながら) うわああ! 城壁がボロボロに崩れてるし、大砲の音が地鳴りみたいだ! てかサクラ,なんでそんな物騒な銃を構えてるんだよ!?

サクラ
サクラ

私は今、『幕末のジャンヌ・ダルク』と呼ばれた女性、山本八重(やまもとやえ)の姿に同期しているのよ。彼女は最新式のスペンサー連発銃を手にして、自ら男装してこの城壁に立ち、新政府軍に立ち向かったの。

ケン
ケン

女性が自ら最前線で銃を撃って戦ったのか……! 会津の人たちの覚悟って凄まじいな。

サクラ
サクラ

ええ。その覚悟を示すように、この美しい赤瓦の天守も無数の砲弾を浴びながら、決して倒壊することなく最後まで耐え抜いたのよ。さあ、私達も歴史の邪魔にならないように退避よ!

歴史解説・深掘り

戊辰戦争における会津若松城(鶴ヶ城)の籠城戦では、会津藩の砲術師範の娘であった山本八重が、女性でありながら断髪して男装し、当時最新鋭であったスペンサー連発銃を手に自ら城壁で戦いました。その果敢な姿から「幕末のジャンヌ・ダルク」と称され、後年、同志社大学を創設する新島襄と結婚し、教育者・篤志家としても活躍しました。

出典・参考資料: 会津戦争と山本八重

白虎隊の悲劇と飯盛山

赤瓦

※このイラストはAIで生成されたイメージ画像です

ケン
ケン

会津のシンボル「赤瓦」! これって普通の黒い瓦とどう違うの?

サクラ
サクラ

会津の厳しい冬の寒さに耐えるためよ。鉄分を多く含んだ釉薬を塗って焼くことで、凍結による割れを防ぐの。幕末当時の天守もこの赤瓦だったと言われているわ。

ケン
ケン

なるほど、雪国ならではの知恵なんだね!

歴史解説・深掘り

会津戦争の際、16〜17歳の少年兵で構成された「白虎隊」の士中二番隊が、敗走先の飯盛山から鶴ヶ城の方向を見つめました。その際、城下から上がる煙を見て「お城が燃えている(落城した)」と誤認し、主君への忠義からその場で集団自刃を遂げました。唯一生き残った飯沼貞吉の証言により、その悲壮な最期が後世に伝えられました。

出典・参考資料: 白虎隊の自刃

蒲生氏郷の「黒川」から「若松」への改名

白虎隊の悲劇

※このイラストはAIで生成されたイメージ画像です

ケン
ケン

白虎隊って、若い男の子たちの部隊だったんだよね……。

サクラ
サクラ

ええ。戊辰戦争で編成された16歳から17歳の少年兵部隊よ。飯盛山に逃れた彼らが、城下町の炎上を見てお城が落ちたと誤認して自刃した悲劇は、今も語り継がれているわ。

ケン
ケン

悲しすぎるよ……。彼らの勇気を忘れないようにしないとね。

歴史解説・深掘り

豊臣秀吉の命により東国の監視役として会津に入封した知勇兼備の名将・蒲生氏郷は、それまで「黒川」と呼ばれていた地を、自身の出身地(滋賀県日野町の近隣にある若松の森)にちなんで「若松」と改めました。最新の城郭技術を投入して巨大な黒漆塗りの天守を築き、街の基礎を作りました。

出典・参考資料: 蒲生氏郷と若松城の誕生

3,000発の砲撃に耐えた「無数の弾痕」

荒城の月

※このイラストはAIで生成されたイメージ画像です

ケン
ケン

荒城の月! 音楽の授業で習ったことがあるよ!

サクラ
サクラ

滝廉太郎の有名な歌曲ね。作詞をした土井晩翠は、戊辰戦争で傷ついたこの鶴ヶ城の跡地から着想を得て詩を書いたと言われているわ。

ケン
ケン

あの哀愁漂うメロディと歌詞は、このお城の歴史が背景にあったんだね。

歴史解説・深掘り

会津戦争中、新政府軍は小田山などの高地から会津若松城に向けて毎日激しい砲撃を浴びせ、撃ち込まれた砲弾は3,000発以上に達しました。天守はボロボロに破壊され白壁は剥がれ落ちましたが、それでも倒壊することなく耐え続けました。降伏直後に撮影されたその無残ながらも毅然と立つ天守の写真は、会津武士の意地を示す象徴として有名です。

出典・参考資料: 鶴ヶ城の籠城戦

アクセス・所在地

お城の位置を地図で確認できます。

会津若松城

所在地: 福島県 内

歴史対比年表

日本史の主要な出来事と、会津若松城の歩みを重ねて見る年表です。

1384
お城の歴史 至徳元年

葦名直盛が前身となる「東黒川館」を築く。

1467
日本史 応仁元年

応仁の乱が勃発(戦国時代の幕開け)

1543
日本史 天文12年

種子島にポルトガル船が漂着し、鉄砲が伝来する

1549
日本史 天文18年

フランシスコ・ザビエルが来日し、キリスト教が伝来する

1560
日本史 永禄3年

桶狭間の戦い(織田信長が今川義元を破る)

1573
日本史 天正元年

織田信長が足利義昭を追放し、室町幕府が滅亡する

1575
日本史 天正3年

長篠の戦い(織田・徳川連合軍が武田勝頼を破る)

1582
日本史 天正10年

本能寺の変(織田信長が明智光秀に討たれる)

1590
日本史 天正18年

豊臣秀吉が小田原征伐を行い、天下統一を果たす

1592
日本史 文禄元年

豊臣秀吉による朝鮮出兵(文禄の役)が始まる

1593
お城の歴史 文禄2年

蒲生氏郷が近代城郭を整備し、名を「若松城」と改め、7重の天守を築く。

1597
日本史 慶長2年

豊臣秀吉による2回目の朝鮮出兵(慶長の役)が始まる

1600
日本史 慶長5年

関ヶ原の戦い(徳川家康率いる東軍が勝利)

1603
日本史 慶長8年

徳川家康が征夷大将軍に就任し、江戸幕府を開く

1614
日本史 慶長19年

大坂冬の陣が勃発する

1615
日本史 元和元年

大坂夏の陣により豊臣氏が滅亡し、一国一城令や武家諸法度が制定される

1637
日本史 寛永14年

島原の乱が勃発する(天草四郎らが蜂起)

1639
日本史 寛永16年

ポルトガル船の来航を禁止し、鎖国体制が完成する

1643
お城の歴史 寛永20年

保科正之が藩主となり、以後は会津松平家の居城となる。

1702
日本史 元禄15年

赤穂浪士による吉良邸討ち入り(元禄赤穂事件)

1782
日本史 天明2年

天明の大飢饉が始まる(〜1788年)

1853
日本史 嘉永6年

ペリー率いるアメリカの黒船が浦賀に来航する

1867
日本史 慶応3年

徳川慶喜が大政奉還を行い、江戸幕府が滅亡する

1868
日本史 明治元年

明治維新が始まり、戊辰戦争が勃発する

1868
お城の歴史 明治元年

戊辰戦争(会津戦争)において、約1ヶ月の猛烈な砲撃に耐え抜くも、降伏・開城する。

1871
日本史 明治4年

廃藩置県が実施され、全国の城郭が国(陸軍省)の管轄となる

1873
日本史 明治6年

廃城令が発布され、全国の多くの城が民間に払い下げられて解体される

1874
お城の歴史 明治7年

天守や櫓などの建物がすべて取り壊される。

1877
日本史 明治10年

西南戦争が勃発する(西郷隆盛らが挙兵)

1894
日本史 明治27年

日清戦争が勃発する

1904
日本史 明治37年

日露戦争が勃発する

1941
日本史 昭和16年

太平洋戦争(大東亜戦争)が勃発する

1945
日本史 昭和20年

太平洋戦争が終戦する(多くの城が空襲で焼失)

1965
お城の歴史 昭和40年

市民の願いを受けて、鉄筋コンクリート造で天守閣が外観復元される。

2011
お城の歴史 平成23年

幕末当時の姿を再現するため、天守の「赤瓦」への葺き替え工事が完了する。

お城クイズ

このお城に関する歴史クイズに挑戦してみよう!

問題 1

幕末当時の姿に復元された現在の会津若松城(鶴ヶ城)の天守は、日本で唯一ある特徴を持っています。それは何でしょうか?

解説

会津の厳しい冬の寒さや凍害に耐えるため、鉄分を含んだ釉薬を使った赤い瓦が使用されており、2011年にこの赤瓦への葺き替えが完了しました。

問題 2

会津戦争の際、最新式のスペンサー連発銃を手にして城壁で奮戦し、「幕末のジャンヌ・ダルク」と呼ばれた女性は誰でしょうか?

解説

砲術師範の娘であった山本八重は男装して籠城戦を戦い抜き、のちに新島襄と結婚して教育者としても活躍しました。

問題 3

豊臣秀吉の命で会津を治め、「黒川」と呼ばれていた地名を「若松」に改め、7重の天守を築いた戦国武将は誰でしょうか?

解説

知勇兼備の名将であった蒲生氏郷は、自身の出身地(現在の滋賀県日野町近郊)にちなんで地名を「若松」と改め、城下町の基礎を築きました。